理事長 針生英一

日本初の印刷団地として約50年
いま、迫られる業態変革

仙台印刷工業団地協同組合は、昭和38年(1963年)に日本ではじめての印刷団地として発足し、昭和41年(1966年)に操業を開始しました。
時はまさに高度経済成長期。市街中心部で印刷業を営んでいた私たちは、企業や行政から印刷物の受注が右肩上がりに増えたことで工場の拡張が急務となっていました。またその一方で、工場の騒音や排水等、公害問題が深刻化。過密状態となった市街地での事業拡大が困難になっていたことも背景にあったといえます。
時代の求めに応えるべく組合設立に賛同した27 社は、中小企業近代化促進法に基づく国の支援を受け、仙台市郊外の六丁の目地区に土地を求め工業団地を整備しました。組合として集団化することで、設備・技術の高度化や人材育成をはじめ、共同受注、組合員各社を対象とした金融事業や経営相談、公害防止の排水処理事業、食堂や駐車場運営による快適な労働環境づくり等に着手。中小企業単独では成し得ないさまざまな共同事業を展開し、地元仙台の発展に寄与するとともに、組合各社の経営基盤強化と社員一人ひとりの暮らしの向上に力を注いできました。
また、昭和50年代から平成にかけては高度情報化の波に乗り、先進技術を積極的に導入するとともに、団地の拡大や福利厚生の充実等を推進して参りました。
しかし近年、印刷業を取り巻く環境は劇的に変化しました。
IT 技術の目覚ましい進化とともに、インターネットなどのデジタルメディアがまたたく間に普及。今やスマートホンひとつあれば、いつでも、どこでも、誰でも欲しい情報を得ることができる時代です。情報の流れが変わったことで、消費者の価値観も変わり、発注主であるお客様のニーズも多様化し、まさにDX(デジタルトランスフォーメーション)の時代を迎えています。
リーマンショックや東日本大震災、そしてコロナウイルス等により経済が低迷し、多品種少量化が進む中、従前どおりの事業展開に固執することで競争力を失うことになってしまいます。私たちは、今まさに「業態変革」を迫られているのです。

攻めの姿勢から生まれた
「ビジネスデザインセンター」構想

そもそも、何のために印刷業はあるのでしょう。業態変革を見据え、私たちはその原点を見つめ直しました。
地域の産業、行政、文化、教育、市民活動等と密接なネットワークを持つことが印刷業最大の強みです。私たちは、それらの事業とつながり、支援することではじめて存在する価値があります。その価値を更に高めるには、お客様に言われた通り仕事をするのではなく、ニーズを把握し、あらゆる情報メディアを駆使し、伝えたいことを効果的に「可視化する」サービスの提供こそが大切なのではないでしょうか。そして、仕事が自然に発生していた時代の「待ち」の姿勢ではなく、自ら仕掛ける「攻め」の姿勢が必要であることを再認識したのです。
平成17年(2005年)、当組合は東北大学大学院経済学研究科地域イノベーション研究センターとの協働による「仙台印刷団地クラスター計画」を立て、新しい印刷団地の戦略づくりがスタートし、地域との深い結びつきを生かした新しいビジネスの方向性を模索していきました。その中で生まれたのが、「ビジネスデザインセンター(BDC)」構想です。
BDCは、異なる業種・分野と知恵を出しあい、連携しながら新たな価値をつくり出す拠点施設。東北六県の中小企業や起業家を対象に、彼らが抱えているさまざまな課題をサポートする“ビジネスソリューション機能”を構築し、組合各社とコラボレーションすることで事業の高付加価値化を目指すものです。
キーワードは「マーケティング」と「クリエイティブ」。この場合のクリエイティブとは、売れる商品・サービス創出を支援する産業分野のクリエイティブで、そもそも印刷業が得意とするものです。21世紀半ばに向けた仙台市の総合計画2020において、当組合を中心とした六丁の目エリアが“クリエイティブ産業ゾーン”に位置づけられていることからも、期待の大きさが伺われます。そこにお客様のニーズに即したマーケティングを融合すれば、モノが売れる仕組みづくりまで提案できる、まさに“ビジネスをデザインする拠点”になると考えたわけです。
拠点化することで、「人」と「情報」が集まり、「相談」が集まります。それら全てがビジネスの種。BDCと組合員各社の総合力で地元の企業を支援していけば、その延長線上には必ずプロモーションツールとしてのパンフレットや商品パッケージ等の印刷物があります。変わり続ける厳しい環境の中、中小企業が生き残るのは困難ですが、この取り組みを足掛かりに、未来ある印刷団地に生まれ変われるのです。
さらに、平成27年(2015年)12月に開通した仙台市地下鉄東西線「六丁の目駅」が、印刷団地に隣接してできたことも大きな後押しとなりました。これまでは車がないと行き来しづらく、マイナスイメージだった立地が、交通インフラの充実で市街地と変わらない利便性を確保できるにちがいありません。何としてもこのチャンスを生かそうと決意を固めたのです。

仙台印刷工業団地協同組合

BDC事業の始動

平成22年(2010年)、私たちは「起業率No.1都市」を目標に掲げる仙台市よりインキュベーションマネジメント事業を受託し、BDC事業の一つ目の柱となる「インキュベーションセンターFLight」を組合会館2階にオープンさせました。
FLightは、創業間もない企業に対し、段階に応じた入居スペースと適切な経営支援を提供する事業です。多くのインキュベーション施設がスペースを貸すだけの不動産業と化している中、私たちが目指すのは、自分たちの手で地元の起業家を育て、産業を活性化すること。したがって、FLightでは団地内の既存施設を活用して家賃をできる限り低額に設定するとともに、マーケティング分野の専門家(インキュベーション・マネージャー)による定期ミーティング等、細やかな支援活動を行っています。創業にかかる負担が少ないため、企業としては自分の事業そのものに集中できる仕組みです。
もちろん、組合としてBDCを立ち上げるからには、組合員にも相応のメリットをフィードバックしなければ意味がありません。そこで、私たちは特別な役割をBDCに持たせました。それが、人材育成につながる研修の場です。中でも、東経連ビジネスセンター(東経連BC)と共同で実施している「BDCマーケティング実践セッション」は、マーケティング研修と組合員各社が参加する公開コンペを組み合わせた非常に特徴的なもの。東経連BCはかねてより東北で成長可能性が高いあらゆる業種の中小企業に対し支援を積極的に行ってきましたが、印刷団地と連携することでマーケティングとクリエイティブの両面からより質の高い支援ができるようになったのです。印刷団地では、東経連BCから提供された諸情報を元に、組合各社が提案・プレゼンテーションする場を作り、「公開コンペ」の形でBDC実践セッションを行っています。お互いのプレゼンテーションを公開することで、お互いに良きライバルとして刺激し合い、高い目標に向かって切磋琢磨しようとする意識が生まれています。
東日本大震災後の平成24年(2012年)には、「創業スクエア」運営事業を印刷団地として仙台市より受託しました。BDC2つ目の柱となる事業です。創業スクエアは、主に既存の中小企業を対象に、新商品開発やブランディング等をマーケティングとデザインの視点から支援する事業です。無料の窓口相談や各種セミナーの企画・開催のほか、企業が抱える悩みに応じてマーケッターなどの専門家がチームを組むハンズオン型の「集中支援」を行っています。チームには組合員各社からもデザイナーや営業などが参加し、商品やサービスが売れる仕組みをつくりながら自らのビジネスにつなげています。これまで100件を超えるハンズオン支援を行ないました。これほどの実績を挙げているビジネス支援組織は、全国的に見てもあまり例がないでしょう。今後も仙台市内外の産業支援機関や教育機関との太いパイプを生かし、支援の輪を広げていければと考えています。
昨今、行政では民間の資金や能力を積極的に活用する動きが加速しています。これを踏まえ、BDCは組合の共同事業として自主財源で運営しております。ビジネスの創出に不可欠なマーケティング分野において東北地域はいまだ発展途上にあり、マーケティング人材の育成は急務です。BDC事業は地域の産業を育てるだけでなく、私たち組合員各社のマーケティング力を磨くチャンスでもあります。「六丁の目に行けば、悩みを解決してくれるにちがいない」そんな企業が印刷団地に自然に集まって来て、付加価値の高いビジネスへの創出につながる、そんな流れを今後も加速させていきたいと考えております。

地域のあらゆる産業を結ぶ要所として
新しいまちづくりにも着手

私たちは組合が所有する土地を有効活用するため、六丁の目駅前開発によるまちづくりにも乗り出しました。震災後組合が所有する土地の一部に復興公営住宅(10階建115戸)を建設し、仙台市に譲渡した事業もその一つ。被災により住宅再建が難しい方々のお役に立つことができました。ここでは、お年寄りから小さなお子さんまで、幅広い世代の方が新生活をスタートさせ、これまでとは違った風景が広がっています。また、産業道路に面した一角には地元のデベロッパーの協力のもと、定食チェーン、コンビニ、保育所を誘致。各社の社員の皆さんの利便性に大きく貢献しています。今後も社会貢献と健全な組合運営につながる事業を展開し、魅力あるまちづくりを進めていきたいと考えています。
伝統的な組合事業のみに捉われず、多彩な取り組みに挑戦する仙台印刷工業団地協同組合。お陰様で「BDCを軸とした人・情報・相談が集まるまちづくり」は、民間組織による先進的なモデルケースとして多くの方々から注目を集め、高い評価をいただいています。 東西線開通により六丁の目エリアは、西の学術、中心部の商業、東の農・工業それぞれを結ぶ要所となるでしょう。その中で、私たち自身が“産業のハブ”として機能すれば、仙台・宮城、そして東北発展の大きな原動力になるはずです。印刷業の未来のためにも今後さらなる変革に挑み、力強く前に進んでいきたいと思います。

東経連ビジネスセンターと連携して、「実践セッション」を実施。マーケティングデータを基に複数社がバイヤー向けリーフレットやパッケージ、ロゴなどを提案し、企業や商品のブランディングに貢献しています。

組合に隣接した地下鉄東西線六丁目駅。東西線は東の学術機関エリア、中心部の商業エリア、東のものづくり産業エリアを結ぶ「動脈」の役割を果たしています。

東日本大震災における仙台市の復興事業の一環として、平成27年3月、10階建て115戸の復興公営住宅が組合の一角に竣工しました。本プロジェクトを通して、組合としての復興事業への貢献という目的を果たすことができました。

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